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「福岡モーターショー企画の裏側 (上)」

4年ぶりにモーターショーが帰ってきました。しかも名前を「モビリティショー」に変えて。「ジャパンモビリティショー(東京)」は111万人の来場者を迎え、終了。このあと名古屋(11月23日~26日)、大阪(12月8日~12日)、福岡へショーは移動していきます。

福岡も「福岡モビリティショー2023」として12月22日から4日間、マリンメッセ福岡など(福岡市博多区)で開催されます。 このショーの第1回(2007年)の企画発案者として、また最初の事務局長となった私が企画から開催に至る話を振り返ってみます。

創刊記念事業の目玉にモーターショーを

きっかけは新聞社から放送局に出向していた2003年頃のことです。イベントを業務とする事業部に所属していました。この放送局の系列の大阪局が「大阪モーターショー」の立ち上げに関わったことから、福岡でも「モーターショー」開催の話がチラホラ漂っていました。九州ではトヨタ、日産、ダイハツの工場が稼働していて、「カーアイランド九州」と言われ始めていました。

地域を盛り上げ、さらに自動車や自動車産業に興味を持ってもらえる「モーターショー」の意義をかみしめ始め、当時お付き合い頂いていたトヨタの地元販売会社の社長(トヨタ本社出身)に「モーターショーやりたいんですがね~」なんて、深くは考えずにお話をしていました。福岡の自動車販売会社をご紹介いただき、お話を聞きリサーチをしていました。そうこうしているうちに新聞社から帰ってこい!と帰還命令が出て、立ち消えになったのでした。

古巣に戻ったのがイベント業務ではない部署でしたが、その頃、北部九州で自動車生産が100万台になるぞ!のニュースは気になっていました。実際2006年度にそれは実現しました。その後、イベント部署に戻り、2007年の新聞創刊130周年の企画をいろいろと考える立場になっていました。

「そうだモーターショーをやろう!」

~根が楽観主義なもので、社会的に意味があり、面白いと思ったら、すぐにリサーチにかかります。実施2年前の2005年でした。これまで展覧会、コンサート、スポーツイベントは数多く手がけたものの展示会は経験もなく、ましてやモーターショー~右も左も分かりません。無謀なスタートです。

そこで大変助けられたのが、「大阪モーターショー」の立上げに関わったテレビ大阪事業部の近藤修一さんでした。「福岡モーターショー」の恩人です!彼からいろいろとアドバイスをいただきました。

モーターショーもフリーマーケットのように場所の割り振りさえすれば、後は自動車メーカーが勝手にやってくれるものと、今となってはお恥ずかしい姿勢で臨み始めたのです。まあ、深刻に考えたら進みませんね。楽観主義で始め、途中でしっかり悲観主義になり、最後はもうここまでやったという楽観主義で‥というのがモットーですから、モーターショーもそんな考えでした。

大型事業の取り組み主体の基礎固め

創刊130年記念事業のひとつとして開催2年前に「モーターショー」を提案しました。担当役員は即、反応。実現のための本格的なリサーチ開始です。自動車産業の勉強もします。地域の事業にするためには多くの組織による実行委員会でやるべきだと考えました。同委員会の前準備として、一緒に組みたい組織による企画委員会を立ち上げました。

福岡県、福岡市、九州経済連合会などの現場責任者の皆さんです。その頃は「アジア自動車博覧会」や「九州モーターショー」そんな名称で企画会議を4回開催しました。やるべきコトとして熱心に協議してもらい、組織の基礎固めとコンセプトができていきます。

並行して担当役員が当時の福岡県知事(麻生渡さん)のもとへ私を連れて行き、「モーターショーやりましょうよ!」と。知事も「北部九州自動車生産100万台突破記念でやりましょう!」の回答。知事の決断と行動の早さには感服でした。

地域の課題が何で、それを解決する術を常に考えてらっしゃるからでしょう。担当副知事と担当の商工部幹部を早速招集、一緒にやろう!となったのです。福岡県職員2名が事務局員に指名され、私が事務局長、社員はコア担当2名、関連部署から数名。事務局が立ち上がりました。

出展交渉~動き出す

開催まであと1年。福岡で立ち上げるには、これまで販売会社中心でやっていた熊本や仙台のショーとの関係をどうするかなど、進めば進むほど、難題が出てきます。ひとつずつ解決していきます。

同時に重要なメーカーへの出展要請。県は副知事と商工部幹部、我が方は役員と私、この4人でトヨタ、日産、ホンダの各本社へ出向きます。各社ともこのメンバーでの訪問を快く迎え入れていただき、いい流れができました。あとの国内メーカー5社には私と事務局員とで1社ずつ口解いていきます。「他社はみんな出展されますよ!」と言いながら(笑)。どうしても1社だけが首を縦に振られない状況は続きます。同時にバイクメーカーは?海外メーカーは?当初、深く考えていなかったコトが次から次に出てきます。

出展交渉の一方で地元の体制を固めないといけません。前述の企画委員会から進めて準備委員会を立ち上げます。新しく生まれるモーターショーの特色づくりがテーマになります。

「福岡自動車博覧会-ASIA CAR EXPO」~マリンメッセ、国際センター、国際会議場、サンパレス~会場となる“箱”をパビリオンに見たてよう~という新たなコンセプトが生まれます。自動車にかかわる大学の参加、ITS(高度道路交通システム)の取り込み、世界の自動車のCM上映、様々なシンポジウムやセミナーなどの企画。「九州からアジアへ~クルマの未来と文化を発信」というキャッチコピーもできました。

すべてが固まらないと実行委員会は立ち上がりません。いよいよ開催の年2007年を迎えます(続く)。

【参考】
福岡モビリティショー2023【公式サイト】  https://www.fukuoka-mobilityshow.jp/

写真提供:一般社団法人 福岡コンベンションセンター
筆者:のぎめてんもく

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